榛名山座主の森 榛名山座主、快尊・忠尊・快承の墓といわれる塚である。鎌倉末期と推定される板碑や五輪塔の一部が残されている。榛名山の支配権をめぐる争いが、当時の南朝と北朝の勢力に二分され、南朝方の快尊らは、北朝方の頼印と烏川沿岸で争い滅亡したという。 « 前の記事 次の記事 » コメント(0)